電子書籍は革命というほどのものではないと思う

その他
08 /18 2010
最近、コンビニやファミレスで耳にする曲は、カバー曲がとても多いです。
声は初めて聞くものなのですが、、
「この歌、なんか聞いたことがあるな・・・カバーかよ!(サビまで流れて気がつく)」
という感じです。

音楽を耳にする機会そのものは、昔よりも増えているとは思います。
しかし、オリジナルな音楽を耳にすることは減っています。
これは文章についても言えるのでしょうね。
つまり、文章を目にすること自体は増えていると思うのですが、独特の見識などはそんなに増えていないのかもしれない、と。

電子書籍化がすすめば本にアクセスすることは簡単になりますが、その本にオリジナリティがどれほど詰まっているのでしょうか。
そうなると、本を沢山読んでいても、古典をいじくった産物の上をなぞっているだけの人も出てくるでしょう。
知らず知らずにカバー曲ばかり聞いている人がごとく。

別に、僕はオリジナリティがある作品だけが優れているとは思いません。
それよりも、面白い二次創作はいくらでもあると思います。
ただ、そのオリジナリティを生んだ過程に興味があります。

読書は言ってみれば自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。絶えず読書を続けていけば、仮借することなく他人の思想が我々の頭脳に流れこんでくる。ところが少しの隙もないほど完結した体系とはいかなくても、常にまとまった思想を自分で産み出そうとする思索にとって、これほど有害なものはない。
(ショウペンハウエル「読書について」より)

本当は、オリジナリティに触れることすら有害なことなのかも知れません。
ただ、せめてオリジナリティを産むプロセスに心揺さぶられ、その営みを参照することは許して頂きたい。

他人に引きずられて100mを走るのではなく、自分の力で50mを走ることは、とても酔狂でとても美しく感じます。
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