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たとえ世界が変わらないとしても

その他
07 /30 2013
選挙が終わって、10日ほどが経過した。
投票するのは権利というよりはマナーだろうと思っているので、今回も投票したが、まあ特に何も変わらなかった。
変わらなかったどころか、選挙直後というタイミングで、実は放射能をずっと海に垂れ流してました。テヘッ。みたいなニュースとかもあったりして、むしろ気が滅入った。
タイミングを考えれば、政治的な意図があったとしか思えず、選挙民を愚弄するようなマナー違反だ。
ホント、政治の世界ってひねくれまくっている。
ねじれの解消なんて言葉にだまされちゃいけないな。
アホくさくて投票しなかった人の方が、機会費用の面から言えば、よほど合理的で賢いのかも。

ところで、最近(って、ホントここ10日ぐらい)よく走っていて、1日10キロはノルマとして走っている。
そのおかげで、翌朝起きると、脚の筋肉痛がひどい。
下手すると、起床直後だけではなく一日中脚が重くて、ひどいひどい。
でも、これがとても懐かしい感覚で、一生懸命トライアスロンの練習をしていたころを思い起こさせて、ちょっと心地いい。
大げさだけど、世界が変わったような感じがする。


なんとなくわかってきたことが一つある。
それは、世界をいいところに変えられなくても、世界をいいところだと感じられる気持ちに変えることはできるということ。
つまり、世界は変えられなくても、世界観は変えられる。
振り返れば、片想いとかも、世界は何も変わっちゃいないけど、世界の見え方は変わるよね(確か)。

別にエネルギーがどうなろうとも、重い脚でランニングしていれば、チャリのペダルを回していれば、それだけで幸せだよ。
別に政治がどうなろうとも、投票行動と整合性のある行動はしたいしね。


追記1
夏は汗だくになりすぎるので、(仕事中の移動での)チャリは控えることが多くなっています。すみません。


追記2
ブログでべらべら書くのが飽きてきたので、更新頻度が落ちると思います。
年に2,3回ぐらいを目標に更新します。
たまに除いてくれていた方々、ありがとうございました。


追記3(8月2日)
読み返すと、なんだかわがままでセルフィッシュな記事・・・
決して、世界に対して何も努力をしないということではなくて、その努力以上に、自分の世界の捉え方は大切だと思っただけでした。
デカルトの「方法序説」には、以下のようにあります。

(前略)世界の秩序を、よりはむしろ自分の欲望を変えよう、と努めることであった。一般的にいえば、私どもの権力の埒内にそっくりあるものは私どもの思想だけである。したがって、私どもの外なるものについては最善を尽くしたのち、なお私どもの成功を妨げるものがあれば、私どもとの関係上、そのものはすべて絶対的に私どもの手の及ばぬものであると信ずるように自分をしつけること。この格率はただこれだけで、自分には得らるまじきものを未来に得ようなどと、むなしい欲望をおこさないために、つまり足ることを知れと戒めるために、十分であると私には思われた。


最善を尽くしてそれでダメだったとしても、その世界を見て笑えるようになりたいな。
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