海のある生き方

その他
04 /07 2013
七ヶ浜で一年と3ヶ月ほど暮らして、自分が大切にする価値について、だんだん見えてきたものがある。
新しいものと言うよりは、昔からそこにあったのに、日々の埃がかぶって見えていなかったものだ。


それは、海のある生活が、自分にとって大きな価値を持つということだ。
「大学応援団でいろんな部を応援する中で、なぜトライアスロンに惹かれたのか。」「なぜ震災後に海があるまちに引っ越したのか」「なぜ海を目の前にすると、生きている心地がするのか」
それらの疑問に対して、腑に落ちる答えが見つかった気がする。

最近は毎朝、菖蒲田浜まで8.5キロほどのランニングをしている。
菖蒲田浜では、更地だらけのまちを背にして海を見る。
変わりゆくまちの中で、変わらないものを目の前にして、自分のちっぽけさを感じる。
この朝の1時間が、一日の中でもっとも生きている心地がする。

それでは、なぜ海というものが、自分にとってそれほど大きな価値を持つに至ったのだろうか。
恐らく、18歳まで暮らした、輪島というまちが大きく影響しているのだと思う。
家から海まで1キロも離れておらず、泳ぎに行ったり何メートルもある岸壁から飛び込んだり、花火を見に行ったり、町内会の暁遠足(日の出を見に行く)に行ったり・・・
海に行くわけではないときでも、友達の家に行く時に目に入ってきたり、アサノさんというばあちゃんがリヤカーに魚を乗っけて売りに来たり(振り売りといいます)・・・
あのまちで生きてきた自分のDNAには、海と共に生きる本能が刻み込まれているのだろう。

そして、輪島を離れた後も、度々自分の心がシグナルを出していたのに、それを掘り下げることは今までなかった。
そんな中で、震災があり、海と共に生きてきた人の哲学を聞き、大きく共感し、「応援しよう!」と強く思っていた。
だけど、それがいつしか「応援ではなくて、自分もやってみたい!」という思いに変わっていく。
大抵は応援レベルで気持ちは止まるものだが、目の前に海が広がるときだけは別のようだ。
対象は違えども、トライアスロンの時とほぼ同じ気持ちの移り変わりで、広大な海と成長のない自分に感謝する。

ここ10年ほど、自分に対して嘘を付いている感じがしていたが、やっと素直になれた。
思えば、人生で初めて嬉し涙を流したのは、2002年に、この七ヶ浜でインカレ予選を突破した時のことだ。
七ヶ浜ではなく長良川で行われたインカレ本選では、悔し涙が止まらなかった。
ミスチルのくるみじゃないけど、あれからは一度も(感極まっての)涙は流してないよ、でも、本気で笑うことも少ない。
それでも、あの頃のように、また七ヶ浜であれば。もしかしたら。
トライアスロンバカだった頃みたいに、バカになれるもの・・・まだ解らないけれどもバカになれそうなものが見つかったから。

過去を紐解いて海の価値に気がついたのはもちろん、この先の未来を想うと、本当に楽しみだ。
10年後の自分が、海と共に生きていることを想像するとニヤけて仕方がない。
だから、100年後の自分がいない七ヶ浜でも、そんな人が一人でも多くいたらいいな。


せっかくのこの人生を、自分にだけは嘘をつかないようにしたい。
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