生きていく

その他
11 /22 2012
今日は、いいことがあった。
ずっと頭をもたげていたものが、ちょっとだけ前に進んだ。
解決はしていないけど、進んだ。
進んだということが重要だと思う、解決していないとしても。
「0か100か」ではなく、その中庸にいる時にも、幸せを感じられるようでありたい。


それにしても、この懸念の話でなくても、自分の確たる軸を定められず、ふわふわしている感じが強かった。
地に足が着いてなかった。
それもここ最近の話ではなく、宮城に来てからずっとそうだったのかもしれない。今、思えば。
それでも、少しずつ、少しずつ収束はしてきているんじゃないかしら?とも、今は思える。
昔からの一場面、一場面をつないでみると、ある軸を起点として、左右への触れ幅は小さくなってきているような気がする。
もしそうだとしたら、やってきたことは無駄ではなかったのだし、何よりそう解釈できるようになったことが嬉しい。

人と比べて・・・ではないということが、最近やっとわかってきた。ほんのり実感もある。
外の物差しを使っては、凹んだり、変な焦燥感を抱いていたけど、そうではなくて昨日の自分より一歩前に進めてたら、それだけですごく素敵だと思える。
その一歩一歩を積み重ねていけば、どんな時代になったとしても生きていけると思わない?
ゴキブリはあんなに人間には嫌われているけれども、何億年もその一歩一歩を積み重ねてきたんだと思うと、とても尊敬する。
(私も嫌いだけどね。)


「諸行無常」

最近、この言葉を常に意識している。
イラッと来た時も、しばらくすればその怒りは消えている。
ツイてないな~なんて感じたときも、またツキは巡ってきている。
俺が!俺が!と出なくても、多くの生命で生態系を創ればいい。
別に、トップ下だったり、フィニッシャーだったり、はたまたカントクだったりしなくても、自分のポジションを全うするのも悪くない。
そして、現実のフィールドでは、そのポジションの多様性は、サッカーの比ではないのだから。
この生態系に、自分がどんな寄与を果たすのかを想像すると、とてもワクワクするのだから。


巡り巡って行き着いた先が、法という哲学的な題材に触れられる職業であったことは、私は本当に運がよい。
しかし、元来の体たらくっぷりで、その運のよさに気がつくのに、随分と時間がかかってしまった。
気がつくのが遅かった・・・とはいえ、手遅れではないし、むしろここからが始まりだろう。
私は、なんでも人よりも時間がかかるのだから、多少遅れてしまうのは慣れっこだ。
星さんの海苔を見習いながら、自分も一流の法屋(のりや)になれるように励むのみ。
ノリノリ(憲法)記念日に海苔屋さんに会えて、逆に自分の法(のり)を磨く大切さに気づけたなんて、私は本当に素敵なドラマを生きている。

断固たる決意というのはキーボードで打つととても陳腐だから、しゃべりじゃなくて行動で示していきたいです。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

住職のようです

一人前の法屋になりつつある様子が
手にとるように感じました!
まるで、住職の説法!?を聞いているかのように
心に響くものがあります。

自分らしく、人と同じスピードでもの事が
進まなくったて、いいじゃん!
遠いこちらからも、みんなで応援しています♪

何かあった時には、ぜひお力を...

未熟者がゆえに

口ばかり達者になってしまい、いけないですね。
黙々とやるのが今年の目標の一つだったのを思い出しました。

他人とは比べないですが、昨日の自分よりはできるようになりたいものですね。


石川ももちろんですが、宮城も相当素敵な場所ですから、ここに住めていることに感謝します!