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応援から学んだこと

その他
08 /03 2012
ややセルフィッシュなポストですが、そんな考えもあるかな程度に。



オリンピックですね。
僕は、今のところ、熱戦を1秒たりとも見ていません。

決して、応援が嫌いなわけではありませんし、むしろ昔も今も大好きです。
その証左として、僕は大学時代には応援団に入っていました。
野球、サッカー、バレー、バスケ、アメフト、ボートなどの他、自分が興味をもつことになるトライアスロンなど、かなり多様なスポーツの応援に行っておりました。
応援が迷惑になりがちなスポーツに関しては、大会や遠征出発直前に激励会を行うなど、東北大学体育部の半数以上の部に対して、何らかの応援を行なっていました。
応援団の3年半の間は、キャンパスには来ているものの全く授業にも出ず、応援に行ったり応援団のイベント準備ばっかりやっていました。

そのような3年半を経て一番強く学んだことは、

「傍観者になるな」

ということです。

僕は1年生の夏に七ヶ浜でトライアスロンの応援をした時に、「このスポーツやりたいな!」と強く感じました。
その後、1年生の秋に活動が一区切りつきましたので、応援団を休団しました。
それから1ヶ月考えた挙句に出した答えは・・・応援団を続けることでした。
今だに、それが正しかったかどうかはわかりません。
とは言え、応援団の任期が終了した後に、トライアスロンを始めて半年後、OB・現役対抗戦で当時の絶対エースに続いて3位になった時に感じたことは、
「嬉しい」と、「何でもっと早くはじめなかったんだろう」の2つでした。

内側からこみ上げてくるやりたいものがない時は、他の人の応援でも全く問題ないでしょう。
もう少し正確に言うと、応援団活動の中で、めちゃめちゃ熱くなった応援は、3年半の間に数えきれないほどありましたから、応援そのものは非常に価値のある営みだと思います。
それでも、ある時の分岐路で捨てた選択肢は、選んだものを上回る熱を秘めているかも知れないことだけは知っておかなければなりません。

どのように選択するべきかはわかりません。
ただ、自分の直感にウソを付くことだけは、辞めた方がいいでしょう。
心底やりたいことがあるのなら、一番の応援の対象は、自分ではないかと思うのです。
一生続くかなんて知りませんし、続かなくてもいいでしょう。
その時に「これだ!」と鳥肌が立ったものに対して、全力をつくす以外に、人生を燃やす方法はないのだと信じています。

金メダリストを見て感じる思いは「すげー!」ではなく、「なにくそ!」であるべきだと思うのです。
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