途絶えることのなき蛮声を

その他復興関連・地域づくり
08 /04 2011
古川まつりに行ってきました!
実は、前夜祭の花火を見ることもできず(せっかくチケットを頂いたのにスミマセン・・・)、昨日日中も見に行く暇がなく、今日も・・・となりそうでしたが、今日は時間を作って行きました。

どうしようかなー?と思っていましたが、積極的に見に行きたくなる一つの理由がありました。
被災地応援ファンドに参加中の南三陸志津川の及善商店さんが古川まつりで店を出していたことです。

そして、志津川と言えば、大学時代の一つ上の応援団団長の出身地です。
いっつもぐずらもずら言ってばかりの僕に、厳しくも優しく接して下さいました。
下級生時代は、2年生の中から下級生リーダーとして教養部責任者という役があり、「1年をいびる役=嫌われ役」を務めていらしたのですが、教養部責任者は1年生と触れる時間も一番長いのです。
ですから、人間性も垣間見えます。
この方の教養部責任者→団長という道標を、僕も疑いなくトレースさせてもらいました。
正直、憧れる上級生は他にいたのですが、いつも真似の対象になるのはこの方でした。
参考書というよりは、教科書としての上級生でした。
余談ですが、2005年には僕と組んでM-1グランプリに出ましたが、あえなく一回戦落ちしたのも今となっては懐かしい話です。
前年の2004年は一応一回戦だけは突破できたのでワーワー言いふらしていましたが、2005年は一回戦敗退でしたので、瀬戸歴の黒歴史としてあまり言っていませんでした。
知っている人は結構少ないかも。

でも、どんどん言っていこうと思いましたよ、今日からは!


僕「2005年にM-1グランプリに出て、その時の相方が志津川出身だったんですよ~」
及(善商店さん)「え、誰ですかね?もしかしたら、知ってるかも。」
僕「後藤伸太郎さんって人です。」
及「えぇーーー!!!僕の高校時代の先輩ですよ!!!」


世間、狭っ(笑)!!
まさか、及善さんと同じ高校だったとは!!

後藤さんの話を少し聞くことができまして、今は志津川の方に戻って避難所リーダーをしているとのことでした。
責任感強すぎて、張り切り過ぎて、避難所ノロウイルス第一号だったそうです。
笑うに笑えないですね(笑ってしまいましたが。)

ふふふ、後藤さんらしいなぁ。
真面目すぎるがゆえの不器用さは相変わらずだな~と思いながらも、とてもインスパイアされました。


後藤さん、またあの頃みたいに無邪気に蛮声を張り上げて、頑張りましょう!!
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後藤さんについて書かれた記事をFacebookで教えて頂いたので、リンクを張っておきますね♪

ゴトウシンタロウくん。
http://ameblo.jp/7smile-blog/day-20110904.html