この道程の彼方に

その他復興関連・地域づくり
05 /17 2011
今日は、南三陸町で法務局主催の法律相談がありました。
沿岸部の方の相談事の多くは、建物が流された、権利証も流された、印鑑も・・・といった内容が多く、一体どうしたらいいのだか解らない。
といった重い内容です。
こちらとしては解答は粗方決まっているのですが、相談者の方は解答だけを望んでいるわけではありません。
その答え方と言いますか、親身になってくれているかどうか?心理的に寄り添っているかどうか?といった辺りを重視している気がします。
つまり、問いに対する解という結果はもちろん、過程も重要なのです。

法律相談とは直接関係はないのですが、本日いらした法務局の方が福島県の方でした。
その方のお話をお聞きしましたところ、福島の原発に端を発する現状も、非常に深刻なものがありました。
とりわけ印象的だったのが、子供たちが外で遊ぶ事ができないというものでした。
(福島市の話です。)
南三陸にいましてもそうでしたが、浜風が強く、放射線が福島市の方にかなり飛散しているとのことでした。
桁数が他のところに比べて、2ケタほど大きいとのこと。
休日でも、公園や学校のグラウンドは閑散としているのだそうです。
さらに、やるせない気持ちが強くなったのが、中高生の県大会予選やインハイ予選が行えないという事です。
私は、高校生の時はちゃらんぽらんに軟式テニスをやっておりましたが、中学の時の水泳は自分なりに真剣にやっておりました。
中2の時に、県大会予選の400m自由形で標準記録を破った事はとても嬉しかったですし、自分にとってはスポーツで成功を勝ち取った初めての体験でした。
おせっかいながら、スポーツで全力を尽くす体験を1人でも多くの人が経験できればいいのに・・・と思いますが、それは福島県の一部では叶いません。
(正確にいえば、大会そのものは行われるのですが、県大会の本選の際に少し早目に現地入りして、予選を行うのだそうです。
いた仕方ないのかも知れませんが、そのスケジュールですと予選を通過する事があっても、本選で実力を発揮するのは難しいでしょう。
他の人に比べて、ハンディキャップが大きすぎます。)

私は、アスリートは「基本的には」、結果が全てだと思います。
しかしながら、この状況でその一般論が成り立つのかどうかは解りません。
結果を投げて欲しくはないけれども、全力を尽くせないようなこの状況の中で、どういった言葉をかければいいのか・・・
どんな言葉をかけたところでも、あまりにも軽々しくなってしまいそうで怖いのです。

大学時代に応援団をやっていた事もあり、人よりは檄を飛ばす機会が多かったとは思います。
しかし、本当にその人の力になる言葉をかける事はなんと難しい事なのだろう、と改めて考えさせられました。


追伸

先日仙台に行きました時に、定禅寺通りで、偶然にもとんとら(東北大学トライアスロン部)の後輩に会いました。
私は、自宅避難も余儀なくされ、プールも中々使えない(今は使えているのかな?)、道はガタガタ、そもそもみんなで集まる機会が減ってしまう、チームの勢いが削がれてしまう・・・
そんな状況下で、学生選抜団体3位は、非常に見事な結果に思えました。
ですので、「3位、おめでとう!」と言いました。
しかしながら、彼らは意外な反応でした。

「もうちょっといけると思ったんですけどねー!」

私が思うよりも、彼らは全然強かったのでした。
誰彼問わずに十把一絡げに結果を求めるのは、あまりにも酷だという思いは変わりません。
ですが、彼らにはそれを求めてもいいのでしょう。
だから、とんとらは本当にインカレ男子団体三連覇できると信じてますし、とんとらを本当に喉が枯れるまで応援したいと思います。
イチOBとして。

がんばれ!!
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