雑多に、思いつくままに


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震災から、もうすぐ一ヶ月が経とうとしています。

私が住む大崎市の古川は、普段通りの時が流れ始めております。
ライフラインは大方復旧し、開いている店や○日開店と書かれている店が増えてきました。

そうは言っても、早仕舞いしてしまう店も多いです。
物流は、あくまでも回復「しつつある」という現在進行形であり、回復「した」という完了形ではないため、仕入れが必須の店舗にとっては厳しい局面が続いております。
24時間開店が売りのコンビニエンスストアと言えども、夜の10時で閉めてしまう事が暗黙の了解になっている感じです。
新幹線はまだ開通していないため、古川駅周辺は日中でも寂しい雰囲気が漂っております。
どうしても、震災が残した傷跡が端々から目に入ってきてしまいます。

大崎市は、本当に素晴らしいものをたくさん持ったいい街です。
温泉、日本酒、漆器、大自然・・・
特に、一の蔵は旨すぎて、飲みすぎて、記憶が飛びすぎて、いつまでたっても味が覚えられません。
その他には、旨いラーメン屋、カレー屋、とんかつ屋、焼肉屋もあります。
9年前、その一杯の中華そばの為に往復140キロも自転車を駆ったのは、後にも先にも岩出山のいろは食堂本店以外にはありません。

しかし、それらは大崎市のほんの一部にすぎません。
大崎市民としてやっと一年が過ぎようとしているという程度の若輩者には、まだ知らない事ばかりなはずです。
もっともっと大崎市の事を知りたいですし、もっともっと大崎市が立派な街になって欲しいのです。
震災ごときに、舐められたままでいたくはありません。

今回の震災で大きな被害をこうむった事を考えますと、「震災ごとき」という言葉は不適切なのかもしれません。
しかし、もう帰らなくなった人たちが我々に何を望んでいるのかを考えると、いつまでもぐずっている事でない事だけは確かでしょう。


以前であれば、どう答えていたかは解りませんが、今ははっきり言えます。

ずっと大崎市で生きていたい。
いつか大崎市を日本一の街にしたい。
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【2011/04/07 00:54】 | その他復興関連・地域づくり
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