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すべての記憶をアウトソースはできない

その他
10 /04 2010
『クラウド化する世界』『ネット・バカ(英題・THE SHALLOWS)』の著者であるニコラス・カー氏が面白いことを言っています。
ダイヤモンド・オンライン

私が近著『ネット・バカ インターネットがわたしたちの脳にしていること』(青土社刊)で言いたかったことは、とにかくテクノロジーのプラスの面ばかりを見るなということだ。コストやマイナス面にも注意を払え!ということだ。

 たとえば、われわれは、単語は単語だから、オンラインで読もうが、印刷された本で読もうが、同じだとすぐに結論付けてしまう。しかし、本をテクノロジーと定義して、それをコンピュータ画面で読む場合と比較検証すると、(われわれの脳が受ける影響は)じつはかなり違うことが分かる。

――どう違うのか。

 端的に言えば、印刷された本の素晴らしいところは、われわれを“注意散漫”にさせないことだ。本を読むということは、静止した対象に向かい直線的にひたすら注意や思考を持続させなければならないということだ。だからこそ、われわれは印刷されたページをめくりながら本を読むとナラティブ(物語)に非常に深いところで関わることになり、深く議論することができるようになる。対照的に大量の競合する情報や刺激に溢れているインターネットやコンピュータ画面上で(本を読むと)まったく逆のことが起きやすい。要するに、注意散漫に陥りやすいのだ。 

確かに、ネットの情報は頭に残りにくい気がしていましたが、それはどうやら注意力が散漫になっていたことが一因のようです。
僕は8月から河北新報の朝刊を取り始めましたが、ネットで読むよりも紙の新聞の方が圧倒的に集中できるし面白いですね。
カーも新聞については以下のように書いています。

――ちなみに、あなたは印刷された新聞を読む方が好きか。

 そうだ。しかし、そんな私もじつはしばらくの間、新聞の購読をやめたことがある。無料で読めるものに対してなぜおカネを支払わないといけないのかと思ったからだ。

 しかし、しばらくたって、私はオンラインでかなりの情報が手に入るにもかかわらず、新聞をぺらぺらめくって読むときほど、オンラインではまじめに読んでいないことに気付いた。フィルター機能を使ったり、検索エンジンを使ったりすることに頼っているからだ。実際、印刷したものを読むことに比べると、オンラインで読む方が、視界を狭くしていることがある。

――日本語の表記法には、ひらがな、カタカナ、漢字の3つの文字があるが、コンピュータで書くようになってから、日本人は漢字を忘れる傾向にある。

 そうした経験は何も日本人に限らない。コンピュータで探せばいいから、何も覚える必要はないと言う人までいる。しかし、ものを覚えたり、学んだりするプロセスこそが、それが書かれた字であれ、他のことであれ、われわれの思考と知的な生活に深みを与えるものなのだ。

 もし脳の中に何もなければ、何も考えることはない。情報は即見つけられるかもしれないが、その情報について複雑な思考や概念的な思考を持つことはない。 

AとBを組み合わせたらCというアイデアが生まれるとしたら、そのAとBが出会う必要があります。
そのためには、どちらも頭の中になければなりません。
たとえば、『闇金ウシジマくん』『団地ともお』のどちらもスピリッツで連載していることを知っていればこそ、『スピリッツを買ってみようかしら。』というアイデアが生まれるわけです。
(たとえがへたくそでごめんなさい。)
そもそも、記憶という複雑なシステムを、完全にアウトソーシングできるわけないです。
Google検索は中毒みたいなものですから、意図的に使わないようにしないと危なそうですね。

インターネットよりも良い情報収集方法が存在するケースもあるということだ。また、インターネットに頼らない思考法もあるということだ。それに気づけば、われわれの生活はもっと良いバランスが取れるようになるはずだ。

 具体的に言えば、素早くコミュニケーションをとるためにはネットを使っても、もっと深く考えたい場合は、そういう機械のスイッチを切って、印刷されたものを読むべきだということだ。そうすれば、必ず違う経験を学ぶことができるはずだ。


原著のタイトルは「THE SHALLOWS」。直訳すれば、「浅瀬」。
――インターネットを使うな、と言っているのではない?

 もし私がそう言えば、嘘つきということになる。しょっちゅう使っているからだ。いろいろなことにインターネットは非常に価値がある。危険なことはあまりにも衝動的に使うので、インターネットが思考の普遍的な道具にますますなっていることだ。

――怠けたらだめだということか?

 その通り。記憶しなければ、考えることができないから、物事を頭に入れないとだめだ。何でも検索エンジンで見つけることはできない。

 考えることが減れば、それだけ検索に頼ることになり、検索に頼れば頼るほど、記憶しなくなる。そうするといつか頭が空(カラ)になる。問題は、自分の頭の中で物事を関連させて考えることをしないと、ますます外部にあるコンピュータベースに、関連することを頼ることになる。われわれの思考の豊かさは自分の脳の中にあるつながりから来るのであって、脳の外に存在するネットワークにあるつながりから来るのではない。 

ネットとの距離感というのは常に難しいものがありますが、なあなあで済ますと自分のテリトリーがドンドン侵食されてしまいます。
『ここからは入ってくるな!』という一線をしっかり引いて、強い態度を示さないといけないのでしょう。
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コメント

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自分もその記事を読んで鱗が落ちました。
PCの画面への向き合い方と書籍のそれでは違うと感じます。電子書籍もいまいちまだピンときていないのは印刷物でないというのがあるのかもしれません。

自分も単に検索でなく意識的に印刷物を取り入れるようにしたいと思いますが・・・

海部さんがおっしゃっていた『一点集中、全面突破』が、ネットだと難しい感じがします。
グーグル検索で効率よく情報をゲットしたつもりが、ハイパーリンクの連鎖で目的を見失うことは、しばしばある気がします。
ストックとして自身に蓄えたい知恵や知識は、印刷物と向き合う方が向いているような気がしますね。

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