なぜ地域を守らなければならないのだろう?

その他
06 /19 2013
(かなり長文・・・かなり時間がある人だけお読み下さい。)


「なぜ地域を守らなければならないのだろう?」

昨日の酒の場で出た問いだ。

その場にいた6人中6人が、守ることに対しては賛成していたが、この問いに対しては、様々な解答が出た。
「自分の残したいものを後世に伝えるため。」「地域と言うよりは、そこに住む人に答えがある。」「(アポリアのようなもので)生きているうちに、答えが浮かび上がってくるのではないか。」などなど。
「地域を守るべきか?はい、いいえ」という問いはあの6人にとってはそれほど意味を持たなかったかもしれないが、上記の問いは、これからも考えるべきものなのだと思う。

個人的には、「地域」という言葉が引っかかった。
例えば、私にも、この地において守りたいものがある。
海を舞台にした産業、マリンスポーツ、自然とともに生きることの豊かさ・・・
しかしながら、この地に住む他の人々と私とでは、それぞれが見ている塩竈・七ヶ浜は異なったものだ。
平安の頃から歌に詠まれる松が浦島、汐見台から眺めた陸海空の一大パノラマ、多聞山からの偉観、ひょっとしたら田園地帯の眺めの方をより好む人もいるかもしれない。
隣の塩竈ともなれば、更に見ているものは変わるだろう。
それ故に、各自が見ているもの、考えているものを抽象化した「地域」という言葉にも、人によって大きな差異が生じているはずである。
かと言って、「地域」の意味するところを統一的にしようとすると、七ヶ浜らしさや塩竈らしさを切り捨てた、乾いた機能しか残らないとも思った。
「地域」という語を、「ある程度の人数が住んでいる、都市部以外を指すことが多い土地」と定義したとして、私達が求めているような議論が深まる可能性は低い。
よって、「地域」という語に差異が出てくることは避けられないが、それを受け入れるしかないとも思う。

次に、「地域」という語の差異ではなく、重なりについて考えてみたい。
確かに、この語の意味するところが各自で異なっていたとしても、重なる部分があることも事実であろう。
私と塩釜湾・松島湾(以下、千賀の浦)を囲む人々が考える「地域」には共通する部分もある程度はありそうだが、私とブラジル人が考える「地域」は重なり合う部分は少ないだろう。
これは、何もブラジルには「地域」がないという話ではなく、ブラジル「らしさ」と千賀の浦「らしさ」は随分と異なるという意味である。
この「らしさ」は、モヤッとしてはいるけれども、「地域」を考える上では、重要な概念だと思う。
住んでいる人々それぞれが見ているものは違っていても、自分が住むまち「らしさ」については、共有している部分が大きい気がする。

表題の問いに戻ると、「「らしさ」を後世に残すため。」と自分は答える。
この問いは古くて新しい問いだろうから、今後答えが変わることもあり得るけれども、今はそう考える。

この問いについて考えていると、ジャン・ジャック・ルソーの一般意志の話が浮かんでくる。

ジャン・ジャック・ルソーが主張した、以下の3つの意志と1つの命題について主張しました。
・特殊意志は、個人の意志
・全体意志は、個人の意志の総和
・一般意志は、共同体の意志
・一般意志は共同体全員の利となるものだが、全体意志は共同体全員の利となるわけではない。
例えば、民主主義は、全体意志を反映させるシステムに過ぎず、一般意志を表すことはできません。
多数決によって選ばれた政権与党は、個人の意志の総和ではありますが、それをもって共同体の意志だとは言えません。
ですから、自民党が国民全員にとって利益をもたらすとは限りません。
(とは言え、ルソーの一般意志については、長い間議論の的になっていますから、ここまで単純化した話ではないでしょう。
気になる方は、ぜひ「社会契約論」を読んでみて下さい。)


「らしさ」は、一般意志に近いものではないかと考えている。
普遍的で、それを具体的に言い表すことはできないけれども、私たちの生活を豊かにしている何か。

枕草子や伊勢物語などにも、度々その地名が現れる塩竈や七ヶ浜。
そして、源氏物語の光源氏は源融がモデルと言われ、こちらの方はえらく塩竈が気に入ったそうだ。
京の都に帰ってからも、同じように塩を炊いていたそうで、今の京都にある本塩竈町の名前は、このエピソードが遠因となっている。
また、源融は嵯峨天皇のご子息の一人だが、皇族と千賀の浦界隈の繋がりはこの時だけではない。
1920年代中頃に、東北地方に皇室の御用邸(避暑地、避寒地としての別荘)をつくる話が出た時に、候補地となったのは七ヶ浜だ。
惜しむらくは、県議会も通りいざつくるとなった時に、大震災が関東を襲ったことだ。
計画はできていたにもかかわらず、御用邸の話は二の次、三の次。終いにはご破談となってしまった。
それでも、せめてこの話を後世に伝えるためにということでできたのが、今の君ヶ岡公園だ。
君が代と同じく、君主がための邸宅ができた・・・はずだった公園ということだ。

このような話からは、「らしさ」を追求するための、大きな手がかりがあるように思う。
この話はとても興味深いし、これからも残していくべきように思うが、本当に大切なのは、これらの根底に流れるものだと考える。
古くからのエピソードや現在の海を中心とした産業、そして素晴らしい景観。
これらの素になっているものは、目には見えないけれども、昔から変わらない形で存在しているのだろう。

この目には見えないという点が、私達が苦しむことになる所以なのだと考える。
人間は価値を追う生き物であると同時に、楽を望む生き物だ。
だから、目に見える価値と見えない価値があるとすれば、前者を追いやすい。
その理由は、その方が楽だからだ。

しかし、私には後世に残したいものがある。
この地に住む人々に、ずっと恵みをもたらしてきた「らしさ」を、ずっと追いかけて行こうと思う。


グダグダ管を巻いてきたけれども、ブルーハーツの「情熱の薔薇」の歌詞が最も解りやすい。
「見てきた物や聞いた事 いままで覚えた全部
でたらめだったら面白い そんな気持ち分かるでしょう

答えはきっと奥の方 心のずっと奥の方
涙はそこからやって来る 心のずっと奥の方」
はいすくーる落書2の主題歌として、初めてこの歌を聞いて涙した時のことを忘れずに、ずっと奥の方にあるものを追って行きたい。


長文になってしまいましたね、読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
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