雑多に、思いつくままに
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一週間が経ちました。

奇跡的な知らせがありました。
津波の被害に会われながらも、生き残って下さった事が、本当に嬉しかったです。

やり場のない憤りの知らせもありました。
昨日の14時46分からの黙祷の際、その事が頭をもたげて、涙が溢れました。

矢越会館の近く
私が古川に来て初めて走った道は、原型をとどめないほど砕けてしまいました。
それでも、モノはいつか必ず戻ります。
この道が繋がるまで、そして、繋がった後もずっと走り続ける。
それが、戻らないヒトのためにできる唯一のことだと信じてます。

私は、違法も脱法も法だとは思いませんが、偽善は善であり、カラ元気も立派な元気だと考えています。
そして、いつかは『カラ元気』という言葉に、『カラ』をつける必要がなくなる日が来ることを、願って止みません。
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【2011/03/19 17:06】 | その他復興関連・地域づくり
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笠原

偽善は善であり、カラ元気も立派な元気だと考えています。

僕も全く同様に考えています!
奥深いテーマだと思いますが、未だに黙々と考えてしまうテーマですが、兎に角、そう考えています!



せと
偽善もカラ元気も、見ている人を幸せにしますしね。
理屈をつけてそれを否定することもできるのかもしれませんが、それは誰をも楽しい気持ちにさせません(おそらく理屈をこねる本人すら)。

そういう意味では、ポジティブなことをドンドン言っていくことも必要なのかもしれませんね。

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